運と感性とひらめきでやってきた。

なんとなく20年、女社長の振返り日記。1999年に会社設立して、いま思うこと。

社員と一緒の激動期 32

人が増えて大変だったこと


正直、辞めたいと言ってくれてホッとしたのは事実だった。
売り上げもなく、日々、会社に来て不機嫌にしているだけ。


Gにとっては、
「売り上げのことを考える」のは「仕事の本質ではない」
と思い込んでる。


というか、その方が楽だったんだと思う。


Gの中で私は「お金の亡者」で「本質をわかってない社長」
となっているため、私が何を言っても彼には全く響かない。


とはいえ、私が彼を新卒で採用し、結果的に彼が心酔したコンサルの元へ
研修に行かせたのも、元はといえば私だ。


責任を感じていたし
このままではお互いにとっても良い状況ではない。


でもクビにするわけにもいかない。
どうしたら問題なく辞めてもらえるのかを考えている時だったので、
辞表を出された時は、ふ〜っと力が抜けたようだった。


でも、とにかくきちんと理由を聞かなければいけないと思い、
Gと話しをすることにした。


鬱病と診断されたってことは理解したけど、
しっかりした病院なの?セカンドオピニオンは?」と聞いてみた。


当時も今も、社員が鬱病になるってことはめずらしい話しではなかったし、
周りの社長たちからも色々と話しを聞いてた。

中には悪徳病院もあり、鬱病と診断して薬を出せば儲かるので、
飲む必要のない薬を処方する病院もあると聞いたことがあり、
そんな心配もあったので確認してみたんだけど。


Gは「Sさんが辞めて、さらに僕も辞めると
営業がいなくなるので申し訳ないと思うのですが。
必要であれば、もう少し詳細の診断書も出してもらえるので、
持ってきます。」と言ってきた。


私が引き止めていると思ったようだ。
体の心配をしただけだったのにな〜と情けなくなりながらも、
SがいなくなってGなりに、頑張ってきたんだろうなと、
ちょっと救われた気持ちでもあった。


「詳細の診断書はいらないよ。Gのこと信用してるから。
そこまで決心がついてるなら、退職も了解しました。」
と言うと安心したようだった。


Gの父親は、地方で結構大きな会社を経営していたので
「実家に戻るの?」と聞くと、

「まだ何も決まってないんですけど、自分はビジネスよりも、
学問に向いていると思うので、大学に戻るか、
やりたいテーマを見つけて学校に行こうと思ってるので、
実家には戻りません。」とのことだった。


今後のことはいいとしても、今の時点で会社に来れないような状況で、
本当に鬱病であれば、一人で東京にいるのは心配だった。


「それもいいと思うけど、一度、実家に戻って
少しゆっくり休んでからでもいいんじゃないの?
ご両親も心配してるだろうし、私からもご連絡したほうがいい?」
と言うと、何かしどろもどろではっきりしなかった。


それから、数週間後にGは退職していった。
入社1年半で規定の退職金では生活も大変だろうと思い、
少し多めの退職金を出し、ご両親にも
Gが体調を崩したことのお詫びの手紙を送った。


Sの退職とは違った、なんとも言えない感覚で、
こういうのを忸怩たる思いというのだと思った。


でもそれから数ヶ月後、とんでもないことがわかった。
Gは、コンサルのOさんの会社に転職していたのだ。


【今日のわんこ】

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